An escape

Interview with
JIRO YANASE

Interview

JIRO YANASE
ヤナセジロウ

 一年前の冬、ヤナセジロウはネパールにいた。はじめての海外。右も左もわからない土地に降り立った瞬間、彼は、そこが目的地ではないことに気づいたという。

「首都カトマンズに泊まるつもりでホテルをとったんですけど、何を間違えたか、ネパールの田舎にあるホテルをとってしまったんです。そこはエベレストに近い村で、パステルカラーのレンガ建築が遠くまで続いていたのを覚えています。ホテルに着くや否や、支配人から『君は日本語を話さなければネパール人だ』と言われました。僕の顔が、グルンという、ネパールの山岳民族に似ていたらしくて」

 ハプニングから始まった旅の物語。親切な支配人とのあたたかいエピソードを期待するも、珍道中はその後も続いたようだ。

「バスの乗り方がわからないから街に出かける勇気もなくて、5日間、ホテルで毎日のようにカレーを食べていました。ある時、ラム肉のカレーを食べさせてくれるというので支配人の買い出しについて行ったら、なぜか宿泊客全員分のラム肉を僕が買う羽目になっていたり、ヒンドゥー教について話を聞いているうちに日が暮れてしまったり……。でもなんだかんだお世話になったし、最後の夜はキャンプファイヤーを囲んで、教えてもらったネパールの歌を弾き語りしました。帰りは乗り継ぎのタイの空港で1人、静かに年越し。不思議な旅でしたね」

 脳裏に豊かな情景が浮かぶbetcover!!の楽曲は、旅の道中で生まれた曲も多いのではと尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「旅先で音楽を作ったことは一度もないです。歌詞も、音も、もっぱら家で作りますね。僕は映画音楽に大きく影響を受けていて、どちらかというと、物語よりも情景描写にどんな音をあてていくかに興味があります。劇伴はシーンに合う音楽を入れていることが大半ですが、あえてそれを崩している作品もあったりしておもしろいんです。特にヘンリー・マンシーニやピエロ・ピッチオーニの美しいメロディが好きで、繰り返し聞いています。映画を一本観終わった後に、記憶に残っているシーンに自分で音をつけてみたりしながら生まれた曲も多いです」

 創作は部屋にこもって一人がお約束。自他ともに認める音楽オタクだ。曲が完成する時間はたいてい夜が明ける頃だという。

「集中力が切れそうになったら板チョコを貪るように食べて、デモの最終段階くらいで気分が最高潮を迎えます。だいたい朝方4時とか6時くらい。曲が完成して、タバコを吸いながら大音量で聞く時間がたまらなく心地いいです。ご褒美には、コンビニでケーキを5つくらい買い込んで食べます。いやあ、贅沢ですよね」

 しかめ面で音楽理論について語ったかと思えば、甘いものとゲームの話になると嬉しそうにはにかむ。少年と大人が同居するヤナセジロウには、まだまだ色々な表情がありそうだ。

「小学生の頃から、友達にオジサンみたいって言われてましたし、今でも昭和顔ってよく言われます。狙っているわけじゃないんですけど、持っている服は茶色い服ばかりです。古着とか、お爺ちゃんからもらった服の方が自分に馴染む気がして、タグにマジックで名前が書いてあるのとか、すごく落ち着くんですよね。とはいえお爺ちゃんが働いている時に着ていた昔の服なんで、作りはちゃんとしてるんですよ。新品のきれいな洋服だと、なんだかソワソワしちゃいます」

 最後に、ふたたび自由に旅に出られる日が来たら、真っ先に行ってみたい場所を尋ねた。

「トスカーナのフィレンツェに行きたいです。僕が影響を受けた映画音楽が生まれた街に。今度は一人じゃなくて、誰かと一緒に旅したいですね」

ヤナセジロウ/1999年東京生まれ。幼少よりブラック・ミュージックに影響を受け、小学5年でギター、中学でMTRによる作曲を始める。現在はソロの弾き語りのほか、音楽プロジェクトbetcover!!として活動中。2019年アルバム『中学生』でメジャー・デビュー。2020年には2ndアルバム『告白』をリリース。

出演
ヤナセジロウ
永遠(QUINT ENTERTAINMENT)
写真
青木柊野
衣装
ZUCCa
ヘアメイク
NATSUO
デザイン
太田明日香
編集、文
室賀聡子(Rocket Company*/RCKT)